僕と悟空が買出しに出掛け、宿に帰ってきた時には既に手遅れだった。
開けた扉を閉めるのも忘れてしまうような光景が目の前に繰り広げられている。
「どうして兄さんはいつもそうなの!」
「お前が警戒心無さ過ぎだって注意してんだろうがっ!」
部屋の中はあらゆる物が左右に飛び交っており、ただ一人三蔵だけが窓辺で苛立たしそうに煙草を吸っている。
しかしそれは目の前の現実から逃れるための手段としか思えない。
現に灰皿に積まれている煙草は全て長いままだ。
「もう子供じゃないのよ!」
「心配されてるうちはまだガキなんだよ!」
「兄さんだって皆に心配かけてばかりじゃない!」
「誰が心配かけてるって!」
とどまる事を知らない二人の怒号は治まる気配が無い。
呆然と立ち尽くす悟空より早く意識が戻った僕は、取り敢えず扉を閉めて正面にいる三蔵に声をかけた。
「・・・何事ですか?」
「あぁ?」
と悟浄の怒鳴り声が大きくて、僅か数メートルも離れていない三蔵へ僕の声が届かない。
苦笑しながら手を口元に沿え、まるで山に向かって声を張り上げるようにもう一度三蔵に声をかけた。
「一体何があったんですかーっ!」
「俺が知るかっっ!!」
帰って来た返事は随分尊大なもので・・・案外冷たいやまびこだな、と思っている僕の隣ではまるで三蔵に怒られた後のようにしょげた悟空がの名前を呟いていた。
「・・・。」
いつも穏やかな笑みを浮かべ、僕らの行き届かない所で悟空の面倒を見ていた彼女の変貌についていけないのか、些かショックを受けたようである。
「悟空・・・」
かける言葉を探している内に、二人の喧嘩はついに周囲に飛び火し始めた。
の投げた枕が三蔵へぶつかり、悟浄の投げた枕が悟空へとぶつかった。
「「あ」」
・・・ヘンな所で兄妹って似るんですね、いざって時二人ともノーコンなんて・・・
これから起こるであろう事態を想定して、素早くの前に回り込むと両手に気を集める。
案の定眉間の皺と、こめかみに青筋を浮かべた三蔵がブツブツと何かを呟き始めた。
あぁ、またこの宿も壊れちゃいますね。
「てめぇらいい加減にしろ!!」
――― 魔戒天浄・・・
沙兄妹の喧嘩は些細な事から始まったらしい。
僕らが買い物に出かけて、三蔵にコーヒーを頼まれたがお湯を貰いに行くのに悟浄が付き合って一緒に出て行った。そこまではいつも通り。
三蔵もいつものように新聞を読みながら待っていたが、二人が一向に戻らない事を怪しんで(と言うよりはが心配だったんですよね?)部屋を出た三蔵が目にしたものは、宿のカウンター前で睨み合っている二人だった。
宿の人間に部屋に連れ帰るよう言われ、しぶしぶ部屋へ二人を連れて帰れば・・・今までたまっていた鬱憤をはらすかのように口論が始まった。
「・・・そう言う訳ですか?」
「そうだ。」
魔戒天浄で崩れてしまった宿から早々に逃げ出した僕らは町外れでようやく一息ついた。
一応気絶している宿の方へ、申し訳程度の現金を置いてはきたんですが・・・お尋ね者三蔵一行以外に破壊集団って肩書きが増えないといいんですが。
「なぁあの二人どうすんだ?」
出来る限り距離を開けて二人は背中を向けている。
「普通なら時が解決してくれるんですが・・・」
「あの状態のヤツラを連れて行くなんざ真っ平だ。」
「・・・、何か泣きそうな顔してんだ。」
「え?」
「俺がさ、冷たいお茶持ってったら・・・ありがとうって受け取ってくれたんだけど、何か寂しそうな顔してた。」
・・・後悔、してるんでしょうね。
「悟浄もさ、怒ってるけど・・・に対して怒ってるようには見えねぇんだよな。」
悟空にも気付かれるほど後悔してるなら、最初から貴方が我慢するべきだったんですよ・・・悟浄。
お互いがお互いに言い過ぎた、と言うことが分かったのならばあとは早い。
すっくと立ち上がって埃を払うと、悟空のおやつであるチョコレートを数個分けて貰った。
「三蔵、暫くここで休憩・・・と言う事でいいですよね?」
「・・・あぁ。」
全く、手のかかる園児達ですね。